漂石彷徨



冬の幕営場

12月10日(土)快晴
青梅線御岳駅の一つ先の駅のキャンプ場内の岩場に行く。4回目だが、4回目のうち2回はSのユマーリングの練習と中央道の渋滞で目的地に辿り着けなかったハイキングの帰路に1時間ばかり立ち寄ったものなので、キャンプ場が閉まっている時期に来たのは今回が初めてだった。町営駐車場裏の吊橋は通行止めになっていたので、駅の方から歩いて大回りする。延べで20人程の人が来ていた。「べっけんばうあー」でアップの後、「かちくん」を触って見るが、2,3回で1手目が止まってしまったことには驚いた。フリクションがとてもいい。尖ったエッジで指を滑らせ、刃物で切ったような深い傷を作ったことが嘘のようだ。これまで毎回濡れていたスタンスも乾いていた。今の自分のトレーニングの質と頻度を考えると、以前より強くなっている訳はない。季節要因のみによる悪さだったと思うと少しばかり残念な気もした。
ともかく、ゆっくりと自分のペースで登りたかったのだが、ここまで混雑している状況ではそれも叶わない。雑踏の中、煙草を咥えてスポットしている人を見ると唖然とするが、何よりも辛いのは副流煙を吸わされることだ。呼吸を整える間だけと思って少し離れたところに腰を下ろして休んでいるうちに、あれよあれよと言う間にかなり分厚いマットを2枚も重ねられてしまった。個人的には1枚敷くのにもかなりの抵抗感があるのだが、これではスタイル以前の問題として、課題の質が変ってしまうではないか。トライの度にマットをどかし、マットをチート・ストーンのように使用したくないことをその場の全員に説明するのは到底不可能なので、諦めてそのまま登ることにしたが、釈然としない思いは最後まで拭えなかった。
中央のクリンプからリップを叩く動作を何度か試すうち、やや左側のエッジまで左足を流せば身体を安定させられることに気がつき、程なくリップを止めることができた。両手を揃えて上部を伺うと、一昨日の雨で水を吸った苔が黒々としており、濡れた落ち葉がびっしりと張り付いていた。直上も不可能ではないが、敢えて危険を冒す必要もないので、やや右に逃げてから上に抜けた。この間、わずかに動きを止めたところ、下からしきりに「ガンバ」という声がかかり、上に抜けたところで拍手が聞こえたのには苦笑せざるを得なかった。
同行のSは右側の「いなばうあー」という課題に取り組んでいたが、いつの間にやら大集団でのセッションが始まってしまい、取り付くに取り付けない状況に追いやられた。仕方が無いので、その岩の反対側に周り、「くりすたる」や「きんぐ」という課題を登り、その辺を適当にトラヴァースして遊んでいた。Sの他、数人の初心者と思しき若者達が「くりすたる」を触っていると、年の頃50代半ばと思われるひとりの中年男性がやってきて、しきりに講釈を垂れ始めた。聞いているこちらまで恥かしくなるような内容だったので、そこからは影になる「あまどい」というスラブの課題にでかでかと描かれたジョン・ギルの矢印と見紛うばかりのティック・マークを消しながら登ってみた。ノーハンド・クライミングの要素はあるものの、それが楽しい筈もない。
こんな日には長居は無用である。早々とザックに靴とチョークバックを仕舞い、Sのところに戻ってみると、フリースの裾でホールドを拭きながら、歯ブラシはあるかと聞いてくる。生憎、たった今片付けたばかりだ。訳を尋ねて驚いた。先程の中年男性が濡れた運動靴のまま模範演技を見せて、ホールドを泥まみれにしてしまったと言う。無作法にも程がある。たとえ自分にとって易しい課題であったとしても、何人もの人が頑張って取り組んでいる課題を文字通り土足で踏みにじるような行為が許されていいはずはない。抗議に向かおうとしたが、Sに止められた。自分もその場に居る他の人も、たいして気にしていないからという。やれやれ。いい歳をした大人なのに。呆れて物も言う気も起きなかったというのが正直なところか。
そのまま撤収することにして荷物を取りに戻ると「ここって、ジムみたいだね。外岩じゃないみたい。」という声が耳に入った。おいおい。勝手にそれを押し付けているのは君等じゃないか。マットを何重にも敷き詰めて、岩をチョークで粉まみれにし、レーザー・ポインターでスタンスを指示されながら、携帯の動画サイトで確認したムーヴをそっくりそのままなぞる行為が、果たして本当にクライミングと言えるのかどうか。是非善悪は知らないが、好悪で言えば、私はこうした風潮がたまらなく嫌いだ。場を共有することさえ耐え難い。不快な思いをする位なら、こんな所には金輪際近づかないのが身の為だが、クライミング人口は今や10万人を越え、ここ10年で倍増(9月初め頃の「週刊東洋経済」の記事から。JFA関係者の話として。)したと言うから、本来守られるべき領域は、今後更に侵食されていくことだろう。業界も彼らの嗜好に沿ったビジネスを展開して巨利を得ている。過半数の議席を占められた今となっては、そう遠くないうちに、民主的という大義名分の下で勝手な理屈を押し通されても、文句の一つも言えなくなる日が来るかもしれない。ただでさえ、放射能汚染で国土の一部を喪失しつつある昨今である。暗澹たる思いを禁じえない。
[PR]
by tagai3 | 2011-12-12 22:36 | クライミング | Comments(2)
Commented by 庵主 at 2011-12-13 09:05 x
 今は、マットの上からのスタートは当たり前、マットを使わないと、無謀だ何だと、非難される時代ですね。

 某紙今号の瑞牆のボルダー写真でも、足ふきマットのみの写真とマット敷きまくりの写真と並べられると、嘘でもいいから写真撮る時くらいマットどかせよなと思ってしまいます。
Commented by tagai3 at 2011-12-14 22:29
基本的には使わないのが本来の姿だと思います。個人的に使用しているのは腰を労わるための妥協点です。
<< 2011年 ストーニー? >>

岩登りについての所感