漂石彷徨



訳の一部

 どの程度の長さの文章が載せられるかの実験として、「ストーン・クルセード」の導入部を貼り付けて見ました。筆者のジョン・シャーマンさんは、フェコ・タンクスのガイドブックの編集者で、ジョン・ギルのスィンブルの第二登などをしたクライマーです。

グレーディングについて

 やたらと多くのグレーディングシステムが本書に登場することを、読者は疑問に感じるかもしれない。YDS(ヨセミテ・デシマル・システム)が全国的に採用されているロープ・クライミングと違って、ボルダリングには無数のグレーディングシステムが、あたかもバベルの言語のように入り乱れて存在している。訳がわからないって?そうとも。混乱が生じているのは事実だ。
 巻末に添付したグレード換算表は、この混乱を解消するのに幾分かは役立つかも知れない。ただし、これについては、決して絶対的なものではないので、あくまで目安と考えて欲しい。あるエリアのBグレードが別のエリアのBグレードと同じものだと考えてはいけない。同じエリアの中だって、それぞれに関連があると思ったら大間違いだ。これは、YDSについても、Vシステムについても言えることだ。本書に記載したグレードは、決して筆者の意見ではなく、その地域で実際に使われているものであったり、初登者によってそのようにグレーディングされたりしたものだ。仮に、全てのボルダラーが同じ身体的特徴、技術能力、精神素養及び筆者と全く同じ血中アルコール濃度を持っているのなら、全米を唯一のグレーディングシステムで統一する事が、筆者に課せられた責務であろう。ただ、実際には、そんなことはあろう筈もなく、筆者が、グレーディングは如何になされるべきかを云々することは、僭越の極みである。
 短くて、地面から低い位置にあるその性質上、たいていのボルダー課題は、以前は、数字によって敢えてその難易を表現されることが少なく、場合によっては、ルートのグレードと一緒くたにされることがほとんどだった。仮に本書のグレードに違和感を覚えるようなら、個人的にしっくりいくのを使ってくれ。
 ジョン・ギルのBシステムは、始めてボルダーのみを対象として使用されたグレード体系である。Bシステムにおいては、グレードは3つに区分されている。即ち、B1、B2及びB3である。B1は、時代ごとに、その時点における最難のロープ・クライミングとともに変化していく。ギルは言う。「B2はかなり難しい。B3は、幾多の挑戦を退け、初登の後、第二登を許さないもので、究極的な目標となりうるものだ。仮に第二登が出た場合、その課題は自動的にB2、場合によってはB1に格下げされることがある。ギルの定義は、彼のクライミングの経歴を通じて発展を続けたが、最も普及したのは、77年版の「マスター・オブ・ロック」に示されたものであり、時代の標準の向上につれて、移行していくことを意図したシステムであった。1969年の段階で、彼はB1を5.10と規定し、1977年には5.11、1987年には5.12前後とした。このシステムは、人々が、その時代の基準に対して、自分がどのレベルにあるのかを判断することができるものであった。つまり、1994年にB2を登るクライマーは、仮にその課題が30年前のB2よりも難しかったとしても、30年前にB2を登ったクライマーと、その時代における基準に照らして、なんら変わらないということを表している。仮に、本書に取り上げた幾つかのB2が「甘い」と感じられたとしても、それが最初に登られた時点の初登者を咎めるような感想は持てないに違い。この性質があるが故に、Bシステムは、同一地域において、時代によって異なって解釈されることになる。
 グレードを再評価し続けなければならないBシステムが持つ問題を回避するために、上限を設定しない幾つかのシステムが開発された。それらのほとんどは、ある難度に対して単一の数字を割り当てた。数字が大きければ大きいほど、課題の難度は高まる。あるものはリスクや前腕の張りといった要素を考慮せず、単に技術的難度について評価した。またあるものは、全てを含んだ難度を評価しようと努めた。ほとんどのシステムは、使う人によって両方の意味で解釈された。
 また、別の方法も試みられた。クリス・ジョーンズは、難度の異なる側面を3桁のWPS評価法(WORK(仕事量)、POISE(平衡感覚)、STRENGTH(肉体強度))で表現した。Eシステムは、何人がその困難な課題を登ったかを数字で表したものである。E1は、たった一人しか登ったものがいない事を表し、E2は二人といった具合である。あきらかにこのシステムは、幾多のクライマーの挑戦にもかかわらず、ほとんど成功者を出していない高難度課題についてのみ適用できるものである。
 何故、ボルダー課題をグレーディングすることがかくも難しいのか?それは、ひとつひとつのムーブに対して、個人がどれだけの難しさを感じるかについては、極めて多くの要素に影響を受けるからである。ほとんどのボルダー課題は、ほんの数手の長さしかなく、ロープ1ピッチ分の長さがあって、その中に幾つものムーブが含まれるルートと比較すると、ひとつのムーブの難しさによって、大きな違いが生じるのである。また、何故、そうまでして課題をグレーディングするのか?ほとんどのシステムは、上級者が対象とする課題を計測することに努力を払っており、初心者や中級者の課題に対しては、ほとんど関心を向けていない。仮に、B1やB2を登れるレベルの者がいたとして、敢えて既に登れる課題を取り上げ、それをグレーディングする必要が果たして彼にあるだろうか。こうしてみると、グレード・システムは、なによりも、自惚れを増長させるために存在していると言っても過言ではあるまい。仮にそうであるならば、課題をグレーディングせずに、ボルダラーをグレーディングしたらどうだろうか?ジョン・ギルはかつて、ゴルフと同じ様なパー・システムを提唱したことがある。そこではスクラッチの(ハンディのない)人は、ハンディ付きの人と張り合うことができるだろう。基準となるべきパーを設定するための充分なデーターが集められれば、クライミング・ジムで流行ることがあるかも知れない。
 あるグレード・システム(フェコ・タンクスで使用されているVシステム)の創設にあたって相応の役割を果たした私は、グレード・システムの誕生から現在に至るまでの経過及びそのグレード・システムがそれを利用する人々に対してどの様な影響を及ぼしたかを、見続けてきた。Vシステムは急速に普及したが、その一因は、使われる数字がBシステムよりも大きいことによるものだろう。Vシステムは、他のエリアにも広まり、Vシステムを模倣したグレード体系まで出現した。フェコ・タンクスにおいては最初のV10或いはV11が競争の対象となり、筆者の個人的な見解では、多くのボルダラーがこのスポーツの本質を見失っているように感じる。ガイドブックに載っているほとんど全ての課題は、Vシステムの出現以前に既に存在し、そのラインの美しさややりがいによって、登られ続けてきた。Vシステムは単に、その課題が持つ物理的な難度をあらわす、ほんのわずかな側面にすぎず、それ以上の何物でもない筈である。しかしながら、最近、多くのクライマーは、その数字によって課題を判断するだけでなく、また、登攀にあたっての一助とするためでなく、クライマーは彼らの仲間達を数字によって評価し、あまつさえ、自分自身の価値さえもたった二つのインクの染みによって判断しようとしている。
 同様に、数字の追求に駆られて、ホールドを削る事例が多くフェコ・タンクスで明るみに出ている。いくつかの往年の名課題は破壊され、多くの既存課題が冒涜されている。間違いなく、今後、更に多くの課題が台無しにされるだろう。フェコ・タンクスのボルダーの未来は、極めて深刻な危機にさらされていると言わねばなるまい。私は、恐るべき怪物を作り出すことに手を貸してしまったのかもしれない。
 私は、この本の読者に、あらゆるグレード・システムに疑いを持って臨む様、強く提案したい。もし、ある課題の難度が分からず、それを安全にこなす自信が持てないのであれば、もっと快適な別の課題をやったらよかろう。グレーディングは、単に大雑把な指標であり、あらゆる構成要素の中のひとつの側面にすぎないということを認識すべきである。自身の先入観から、自由であれ。可能な限り、あらゆる課題に対して、充分な時間と努力を持って臨もう。グレーディングに対する過剰な信頼感の存在を学び、グレードの奴隷になっている人々を哀れもうではないか。かの偉大なるジム・ハロウェイはこう言った。「もし、課題はなにも変わらないのに、グレードだけが変わったとしたら、人々がどの課題に取組もうとするか、さぞ見ものだろう。」記憶すべき名言である。
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by tagai3 | 2005-12-06 00:23 | Comments(2)
Commented by flyingbuttress at 2013-01-23 05:45 x
ストーン・クルセードはtagai3が訳されたのでしょうか?
Commented by tagai3 at 2013-01-23 23:36
ここに載せた文章はかなり以前に私が訳したものです。今見返すと拙い言い回しが多々あり、誤訳している部分もあるかもしれません。当時私が知る限りでは、邦訳は無かったと思います。
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