漂石彷徨



カテゴリ:徒然( 44 )


魔の退屈

目標がなくなると時が漫然と流れて行く。

8月22日(土)
大町山岳博物館訪問。図書館を閲覧させてもらう。戦前の徒歩渓流会の会報の実物を見られたのには感動した。秩父宮殿下の鋲靴、堀田弥一の対山館の宿帳、小谷部全助のピッケル、槇有恒のチョッキなど、ここの展示品はいつまでも見飽きることがない。松濤明の手帳は何度見ても泣けてくる。おまけにスバールバル・ライチョウの飼育施設は無料で見られるのだ。大町に住みたいと本気で思う。

8月23日(日)
ロープウェイ西穂高口~西穂高岳往復ハイキング。人の多さに閉口する。西穂独標周辺の混雑具合は危険を感じるほどだった。ほとんどの人がヘルメットを被っていて、被っていないと白い目で見られる。高齢のガイド(?)が高齢の客をタイトロープにつないで歩いている様は滑稽を通り越して慄然とさせられるものがあった。往復約6時間の歩行。霧のため眺望ほとんどなし。

9月20日(日)
裏御岳は湿気が籠ってびしょびしょだったので鳩ノ巣に行く。ようやく河原への降口を見つける。猪木岩は下地が流水になっていて登れるような状態ではなかったが、無理して「袈裟切り」という1級の課題だけ登った。リーチ系で苦手なタイプ。5回もかかってしまった。この日の青梅は最高気温28℃最低気温19℃、湿度はかなり高めだった。

9月21日(月)敬老の日
小河内ダムから水根集落を経て鷹巣山に登り倉戸山に下りた。

9月23日 秋分の日
奥多摩某所。SDから右トラヴァースして右上に抜けるラインに取組む。最後のマントルが返せず敗退。ボルダーの手数を増やすには、持久力ではなく最大筋力を上げねばならない。(7:00-8:30)

10月11日(日)~15日(木) 夏季休暇
四国旅行。12日剣山、13日高知、14日石鎚山、15日大洲、卯之町。

10月19日(月) 有給休暇
御岳①。以前はアップとして登っていた「エゴイスト」が登れなくなっていて、ひどく落胆する。

10月24日(土)
神津牧場と荒船山。艫岩が立派だったので氷の練習をして登りに来たいと思うも、暖冬のため今年はその願いは叶いそうにない(12/27記)。

10月25日(日)
御岳②。7:00-8:30。前日の疲労抜けず、この日も「エゴイスト」登れず。

11月1日(日)
御岳③。6:30-8:30。えらく苦労して「遥」を登る。おそらく10数年ぶり。ムーヴやホールドは完全に忘れていた。往時は確か3回目くらいで登れてしまい、易しいイメージさえあったのだが・・・。自分のリーチでは立った状態でスタートのサイドプルに届かず、デッドポイントで跳び付かなければならない。各ホールドも一見効くように見えず、効く場所を見つけるまでにそれぞれ数回の試登を要した。この日も「エゴイスト」登れず。デッドポイントを止めた後の最後の一手が添えられぬまま、指に穴を開けて撤収。帰宅後、近所の河原を少し走る。

11月21日(土)
大菩薩嶺ハイキング

11月22日(日)
御岳④。7:30-9:00。小雨の中、「エゴイスト」と「遥」を登ることができたのでいくらか満足する。「遥」から「エゴイスト」につなげるラインに取り掛かるが、合流するところの精度悪く敗退。夜、船橋で後輩達と飲む。

11月28日(土)
御岳⑤。7:30-9:30。先客2人。ようやくほぼ完全な精度で「エゴイスト」に合流できるようになってきたが、デッドポイントが止められない。自分のムーヴではどうしても13手必要なので、登れるようになるまでには少々時間がかかるかもしれない。止まらなくなった咳が気掛かり。

12月10日(木)
年末を前に実家の整理のため有給休暇を取得し、作業前に御岳へ。御岳⑥。9:45-11:15。先客1人。「エゴイスト」を登り感覚を確かめた後、つなげにかかるが、最後のデッドポイントを止めた後の2手が続かない。エッジにマーキングして15分余り休憩した後、レスト間隔を短くして3回続けて登り、ようやく最後にマグレのように止まって登ることができた。直ちにマーキングを消して撤収。当然ながら、午後からの作業の方がずっと疲れた。

12月12日(土)
丹沢二ノ塔尾根~三ノ塔ハイキング。

12月19日(土)
裏御岳。

12月23日(水) 天皇誕生日
筑波山ハイキング。

12月26日(土)
隣県某所のボルダー。久し振りに藪をこぐと非常に疲れる。易しそうに見えた庇状のハンドクラックが思いの他悪くて楽しめた。総じて、もう少し下地が良ければいうことはないのだが。
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by tagai3 | 2015-12-01 22:49 | 徒然 | Comments(0)

歩き

5月31日(日)
筑波山(薬王院から)

6月28日(日)
御前山(小河内ダムから大ブナ尾根経由)

7月11日(土)、12日(日)
劔岳、八峰六峰Cフェイス「リッジルート」(所謂「劔稜会」ルート)

11日
室堂発(9:00)別山乗越(10:40‐50)長次郎出合(11:30‐12:00)Cフェイス取付き(14:05‐25)Cフェイス頭(15:05‐20)五六のコル(15:40‐50)長次郎コル(16:50‐17:05)劔岳山頂(17:35‐40)長次郎コル(17:55‐18:00)長次郎出合(18:40‐45)真砂沢ロッジ着(19:00)

12日
真砂沢ロッジ発(5:20)ハシゴ谷乗越(7:00‐10)内蔵助平(8:20)丸山東壁1ルンゼ押出(9:30‐40)黒部川内蔵助谷出合(10:15)ダム下の橋(11:15)黒部ダム着(12:00) 

7月18日(土)
大岳山(海沢園地から海沢探勝路経由)

8月9日(日)
日の出山(二俣尾から三室山経由)
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by tagai3 | 2015-08-10 22:38 | 徒然 | Comments(0)

ロバの耳2

夕刊フジを読みながら老いぼれてくのはごめんだ。
その類の夕刊紙をこれまで買ったことがなかったのは、昔聴いたブルーハーツの曲の歌詞が意識のどこかに残っていたからだと思う。
それが昨日は違った。どうしてもある見出し(〇〇〇大〇〇部主将の義侠心)が気になって、駅の売店で夕刊フジを買ってしまった。読んでみると記事の印象は見出しとは大分異なっていて、一般紙に報じられた内容とさして変わりはなかった。死者を冒涜するような内容がなかったことには少しだけ安堵した。
阿弥陀南稜から入山して行者小屋か赤岳鉱泉に定着し、赤岳から横岳への稜線から派生する岩稜や氷のルンゼを登る計画だったと推測する。さほど深くない山域で道を失い、進退窮まったというからには、よほどの悪天候だったに違いない。ただ、亡くなった2人と別れた3人が無事に山小屋までたどり着けたという点が、どうにもよく分からない。
聞くところによれば、もう何年も前から最近の学生は学生だけで冬山に入る力を失ったと指摘されているらしい。それはある特定の大学に限った話ではなく、ほとんどの大学に共通した問題のようだが、何も分からない状態での憶測は控えたい。
同校は母校のクラブと浅からぬ縁があり、その関係は黎明期まで遡る。私も学生時代、気象観測の手伝いでアラスカに行った折、同校のA君とロープを結び合って氷河を歩いた思い出がある。亡くなった一人は学生部の委員長だったとも。何だか他人事とは思えず、心が痛んだ。
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by tagai3 | 2015-02-13 22:37 | 徒然 | Comments(0)

王様の耳はロバの耳

(※注:最近は結構色々な方々にご覧いただいているようなので、余り迂闊なことは書けなくなってしまいましたが、たまには毒を吐きたくなることもあります。もともとは自分の頭の整理のために始めたものでもあるので、どうかこのメモは読み捨ててください。内容は今の大学山岳部のあり方についてです。)

頭はいいのかもしれないが、話が噛み合わない。もっともらしい言葉を並べているが、どうしようもなく言葉が軽い。会話からでは真意ほとんど汲み取れなかった。「巧言令色鮮矣仁」という言葉が頭をよぎる。真剣にリスクと向き合う姿勢が欠けているのかもしれない。クライミングの享楽的な側面ばかりが強調される世の中では、そうした風潮に毒されないことの方がむしろ難しいのだろう。まさかジムに行くなとは言えないが、登攀能力と安全管理能力の不均衡が無様な迄に拡大していることは、ほんの少し話を聞いただけでもよく分かった。大きな事故の芽は着実に育っているが、彼らにその自覚は皆無だ。かと言って、彼らにそれを気づかせるのは至難の業だろう。

一旦決めた決まりを守ることに拘泥して状況の変化を観察できなくなる位なら、そんな決まりに意味はなく、むしろ有害でさえある。ヘルメットの着用義務化はその好例だ。彼らはおそらく他人が上部にいる脆い岩壁を背後にしても、平気で座って喋っていられる類の人間だ。

個別具体的な失敗に対して、間接的な要因を探る余り、反省がひどく観念的になっている。危険が即物的で具体的であることは山の明快さの一つだと思っているが、あのような反省を続けていたら、ますます本質から乖離してしまう。指導者側で暗黙裡にミスリードしていなければいいのだが。

母校の山岳部にクライミングチームなるものができて、既に10年を経過した。私はもともと、クライミングはクラブ活動とは相容れないものだと思っており、外的危険を完全に排除したところからスタートする所謂大衆化がもたらした諸問題の解決策が世間的にも見出せてない状況下で、組織の存続だけを目的に安易にこのような団体を立ち上げたことに対しては、余りにも無責任だと批判的に見ていたので、これまではなるべく関わり合いを持たないようにしてきた。何年か前に米国ですれ違った時には、外人の振りをして逃げようとしたことさえある。そのときの彼らは実際、酷く甘ったれていて、見るに堪えない集団だった。海外遠征と称して個人的な海外旅行の類にOBが資金援助するなど全くもって言語道断だし、最低限のギアぐらい自分の金で買うべきだと今でも思っている。

しかし、一昨年の四川省計画を通して、若いS(彼は卒業間際に退部を余儀なくされた。)やKと山行を共にする機会を得て、少しだけ考えが変わってきた。現在コーチをしているIも実に真面目である。何よりも恩のあるM先輩がヘッドコーチとして孤軍奮闘しているのを黙って見ているのは仁義において忍びない。自分ももういい年なので、これまで人様から享受した様々な恩恵を何らかの形で別の誰かにお返しする時期がきているのかもしれないとも思う。

けれども、保護者会の開催だけは、やってはいけないと思う。溝手康史の本「登山の法律学」(東京新聞出版局2007年)によれば、大学生は法的には「大人」とみなされるが、善管注意義務の範囲は指導者側のコミットメントに応じて拡大されるらしいので、そんなものを開催してしまえば、自ら保護者の責任を引き受けるという意志表示とみなされ、事故時に過剰な責任を負わされかねない。これでは恐ろしくて、学生と山になど行けなくなってしまう。そうまでして組織を存続させる意味は本当にあるのだろうか?

功利主義的、ご都合主義的な言葉で入部勧誘しているとしたら、迎える側にも問題がある。死亡や重度障害の危険が皆無ではないという認識は、この行為を行う際の最低条件だと思うが、それが徹底されていないとしたら、もはや手の施し様もない。ましてや大学のクラブは社会常識や集団生活の規律を学ぶ場でない筈だ。
一体、彼らは何のために部に在籍しているのだろう?金か?(彼らはクライミングジムに通うための費用の援助を受けている。)就職のためか?

伝えるべき「価値」とは一体何なのか?これについての共通認識があるのかどうかも実ははっきりしない。監督との価値観の相違ははじめから分かっていたが、どうもIの価値観も、私のそれとはかなり異なるように思える。認識合わせをする機会はあるだろうか?

リト・テハダ・フロレスの論文「ゲームズ・クライマーズ・プレイ」(岩雪93参照)によれば、ゲームの区分はルールの存在に由来し、そのルールは本質的にクライマーの主体的な判断に委ねられている。外的な危険がほとんど存在しない環境で最高に厳格なルールを適用する行為がボルダリングゲームの定義であるとすれば、外的な危険に対する認識が欠如した者にとっては、そもそもこのゲームは成立しないことになる。ましてや、登攀体系中の下位に属するゲームのルールを上位のゲームに適用するハイボルダーのような行為は認めていい筈もないのだが、この辺の基準が酷く曖昧になっている。(※これとは逆に、マットの使用は上位のゲームのルールを下位のゲームに適用する行為で、恥ずかしい行為なのだという認識は持っていた方がよい。)
ミズガキのマルチピッチの計画書とミタケのボルダーの計画書が全く同じ体裁を取っていることは、こうした認識の欠如を如実に物語っている。ひょっとしたら、ハイキングとボルダリングの危険性の区別すらついていないかもしれない。そんな計画書は、見れば見るほど不安になってくる。精神衛生上よろしくないのはいわずもがな。内容が貧弱だから形骸ばかりが目立つのか、それとは逆に、形骸の方が肥大化してきたのかは判別に苦しむところ。いずれにしても、使いもしない最新装備をいくつもハーネスにぶら下げて岩場にやってくる勘違いした中高年登山者や、内容のないことを隠蔽しようとして、ひたすら八の字結びだけを繰り返させるクライミング講習会によく似ていることだけは間違いない。
登攀能力と安全管理能力の不均衡の解消が問題で、安全管理能力を高めたいのなら、安全管理のみに焦点を絞った計画書を作成すべきだ。そこには課題名やグレードは必要ない。どうせ書くなら、岩の形状、大きさ、傾斜、下地の状態、植生の有無、東西南北の方角、日射の時間等を書いた方がよっぽどましだと思う。
「地震時の対応」と「事故時の対応フローチャート」が毎回付いているのは、何も考えずに同じ書式を使い回ししていることの何よりの証拠だ。テロや隕石落下時はどうするつもりなのか。毎回同じフローチャートをコピペする位なら、別紙にして毎回持っていけば済む話ではないか。体裁だけが立派な計画書を作成し、入下山の連絡までしている位なら、それぞれの計画に対応した準備会と反省会を毎回やって然るべきだと思うのだが、どうもその様子は見受けられない。なんとも不可解。

管理したい者と管理されたい者。ミタケのボルダーに行くためにわざわざ計画書を出させて管理する意義や目的は不明だが、実は管理されたがっているのは、在籍している学生たちの側だったりする。そもそも、ボルダーやボルトのスポーツルートだけをやるために、わざわざ山岳部に在籍している意味が私には理解できない。いやしくもクライマーたるものに管理されることを望む人間はいないと信じていたが、世の中は変わってしまったのかもしれない。
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by tagai3 | 2015-02-04 22:42 | 徒然 | Comments(0)

熊毛層

2014年10月4日~9日の日程で屋久島に行った。台風18号の影響で奥岳へ入る道路が閉鎖されたため、予定していた太忠岳や高盤岳には登れず、深いガスで眺望皆無の愛子岳に登ったり、雨の中をヤクスギランドから小杉谷集落跡まで歩いたりしただけで終わった。台風19号から流れ込む湿った風の影響で滞在中の天気は優れず、欠航が懸念されたため、予定を2日早めて島を離れた。
小杉谷集落下の河原には無数のボルダーがあり、大きさ、形状、下地、苔の状態、数ともに申し分ないが、そぼ降る霧雨の中、触ることもできずに切歯扼腕の気持ちでその場を離れざるを得なかった。地元のジムの方にコピーを頂き海岸のボルダーを幾つか訪ねたが、屋久島の海岸部は西部林道周辺を除き、概ね熊毛層群に分類されている堆積層が中心で、露出している岩は砂岩や粘板岩が大半を占めている。波に浸食された形状は城ヶ崎の岩質に近い印象を与えるが、節理は細かくても単調なものが多くなる部分は否めない。せっかく屋久島に来たからには正長石の結晶の目立つ花崗岩を登りたかったが、山に入れない以上、その希望も叶う筈はなかった。
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by tagai3 | 2014-10-12 10:43 | 徒然 | Comments(0)

親孝行

自分の写真が載った雑誌を両親のところに持って行ったら、思いのほか喜んでくれたのには驚いた。老眼で虫眼鏡がなければ文字も読めないのに、ずっと熱心に記事を見ていた。これまでは心配を掛けるのが嫌で、山の話もほとんどしたことはなかったのだが。
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by tagai3 | 2014-09-29 22:30 | 徒然 | Comments(0)

薬研滝の缶ビール

9月14日(日)曇
笛吹川東沢釜沢から甲武信岳に登る。前日のうちに西沢渓谷まで入り駐車場で車中泊したが、この日はものすごい渋滞で東名、圏央道、道志村、大月経由で5時間超かかった。
朝4:50に出発。山の神6:40、釜沢出合8:30、甲武信小屋水場13:15、甲武信岳14:10。
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朝方、鶏冠尾根上空に遭難救助のヘリを見る。釜沢は美しい沢だったが過剰な赤テープと指導標でルートファインディングの楽しみがほぼ完全に奪われていることに憤りを覚えた。これでは田部重治の感動を追体験することなど到底できない。
戸渡尾根経由駐車場下山19:00。行動時間14時間超はさすがに応えた。精一杯歩いて昭文社のエリアマップのコースタイムどおりにしか歩けなかったことになる。同図の説明には40~50歳の2~5人パーティが基準とあり、少し前まではかなり遅い部類として、端から馬鹿にしていたのだが、今や自分もその年代となり、図らずも加齢による衰えを突きつけられる形となった。クライミングをしていても、もう以前のようには体が動かない。悲しいことだが、受け容れなければいけない現実なのだろう。
途中、「ヤゲンの滝」の下の釜で缶ビールが浮かんでいるのを発見する。ところどころ塗装のはげたエビスビールの缶はボコボコに窪んでいたが、驚くべきことに栓は開いておらず中身も詰まっていた。製造年月2014年7月、賞味期限2015年とあったので、少し迷ったが持って帰ってきた。果たして飲めるだろうか。
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(後記:9月23日試飲。特に問題もなく、美味しくいただきました。)
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by tagai3 | 2014-09-20 11:54 | 徒然 | Comments(0)

会話

最近『〇〇〇』のⅩⅦとⅩⅧを改めて読んでみて、70歳、80歳の老人達にも20歳前後の若者だった時代があったという至極当然の事実を発見して驚いた。
私の持ち時間は7分間ほど。彼らの中の若者の部分に語りかけるつもりで、例え話として小森宮章正さんたちのルート(八峰Ⅵ峰Cフェイスの所謂「剣稜会ルート」)や大島亮吉さんの随筆の話題を入れたが、残念ながら、殆ど伝わらなかったようだ。まあ、初めから期待もしていないので、それも仕方がないのだが。
世代や登山観の相違を超えて理解しあえる部分があるとすれば、それは情熱の部分にほかならない。巨大な情熱を持っていた永遠の若者の象徴的な存在が大島さんだと私は思っているので、彼を記念する場所が失われようとしていることをなんとか阻止したいというのが、昨年暮にやっていたことの趣旨だった。でも、大島さん、ごめんなさい。無力な私にはなにもできませんでした。
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by tagai3 | 2014-02-03 22:49 | 徒然 | Comments(0)

違和感

山に浮石や蜂の巣があるのは当然だろう?
某有名ルートのトップロープボルトの件も、今更のような気がする。
何を怯えているのか?問答無用で叩き折ってしまえばいいのだ。
さもなくばダブルスタンダードのそしりは免れないだろう。
打ち替え依頼が殺到しているのに、一向に会員数が増えない不思議。
マク岩とか天ノウ岩の打ち替えられたボルトにぶら下っている連中のうち、
いったいどれだけの者が会員になっているのだろうか?
オウンリスクも結構だが、受益者負担という発想がないとオカシナ事にならないか?
東京五輪のカヌー会場が野鳥の会の頑強な抵抗で御岳渓谷に変更になったとして、
われわれに御岳の環境を守り抜くことが果たしてできるだろうか?
彼らは五輪競技化に釣られ、忍者返しの岩に杭を打たれても黙って見過ごしそうだ。
先日の過剰な国体対応をみていて、そんな心配を抱いた。
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by tagai3 | 2013-10-22 23:06 | 徒然 | Comments(0)

後日譚・療養記

帰国2週間目の週末に左胸の痛みを感じ、週明け月曜日に職場を早退して医者にいったところ気胸と診断された。
「胸に管を通して空気を抜く必要があるので、直ぐに外科のある大きな病院に行ってください。」
紹介状と胸のレントゲン写真を持ってそこから徒歩5分の総合病院へ。診察室に通され、何の覚悟もないまま肋骨の隙間から針を刺さされた。まさか下界でパルスオキシメーターのお世話になるとは。それから5日間入院。胸に管を射した生活はひどく不自由だった。普通の早さで廊下を歩く人の勢いに恐怖を覚えた。長期休暇直後に突発で一週間も休まざるを得ないのは職場的にも結構厳しい。禍福は糾える縄の如し。
様々なことが頭をよぎる。高度障害対策で随意の深呼吸をやりすぎたこと、成都の大気汚染、地元の人に勧められるまま吸い慣れない煙草を1日に5本も吸ってしまったこと等、原因を考え出すとキリがないが、この病気の本当の理由はよく分かっていないらしい。つまり再発を防止しようがないのだが、再発率は5割というのでなんとも不安になる。いままで好きだった歯を食い縛って力を搾り出すようなボルダームーヴはもうできないかもしれない。
最近は中国近代史、漢詩、日本の登山史等の本を読んでいる。
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by tagai3 | 2013-10-02 23:08 | 徒然 | Comments(0)

岩登りについての所感