漂石彷徨



トポ

12月23日(天長節)晴れ
ゆがわらまく岩へ。5:00発7:00着。厚木から先の小田原厚木道路、西湘バイパスが長く感じる。通うのは厳しいかもしれない。最近ヤマケイから出た「日本ボルダリングエリア」というトポを図書館で借りてコピーを持参した。貝殻岩という石へ行ってみる。確かに見覚えはあった。以前来た時には、余りにも小さくて節理も多すぎるので歯牙にも掛けなかった石だ。
7:20登攀開始。「貴船」(初段)、「パイプライン」(初段)、「Wプロジェクト」(二段)という課題がいずれも2、3回目で登れてしまう。時間にして1時間足らず。アップもせず、レストもほとんど取らなかった。岩質や形状から、季節や掃除具合によって難易の感じ方が大きく変化するのは想像に難くない。下地の藪を切り分け、ブラシを当てた人たちの努力は尊敬に値するが、グレーディングには釈然としない印象を受けた。御岳を基準とするなら、どれも2級程度ではないだろうか。これをそのまま全国版のトポに掲載して出版してしまうのはいかがなものだろう。編者は明らかに課題に触っていないし、現地に足を運んでさえいない。別の場所に関する記述には「放射線量については、難しすぎて理解できないため、ここでは割愛する云々・・・」とあった。果たして、これが大手出版社が2千円もの値段を付けて売る内容と言えるだろうか。分かる範囲で努力し、できるだけ簡潔に説明するのが出版社の義務だと思うのだが。紙媒体の衰退の原因は電子媒体の普及にあるのではなく、コンテンツの乏しさが原因だという証左だ。何よりも、これを読んで「行ってみたい」と思わせてくれる要素が決定的に欠けている。買わなくて本当に良かった。
「W・・・」の動画を撮っていると6人位のマットを背負った人たちが登って来た。丁度いい頃合いなので8:45に撤収。これ位の時期は9:00に混雑が始まる模様。
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# by tagai3 | 2014-12-26 22:06 | クライミング | Comments(0)

左のぽっけ

12月7日(日) 晴れ
みたけに行く。日の出が遅いので出発時間をやや遅らせ5:00に発つ。6:40発電所脇の駐車場着。冬期間(12/1~3/31)は無料開放とのことでありがたい。右岸側から「でっどえんど」へ。浅瀬の淀みは凍結していた。「左」が登れていなかった。何年も前、友人のSさんと登りにきて、Sさんはあっさりとこれを片付け、私だけが登れなかった。「リーチのせいだ。」等と言って友の成果を一緒に喜べなかった当時の自分が今ではとても恥ずかしい。懐かしい思い出ではあるのだが・・・。7:00登攀開始。左側の2級のカンテでアップした後、2回目で登れる。問題はリーチではなく、ポケットを保持する深指屈筋の使い方とタイミングの取り方だった。誰も居ないので動画を撮ってみる。これも1回目は失敗し、2回目では成功したので、確率は50%ということになる。7:50撤収。疲労をためないようにするため、この日はそのまま帰路に就いた。
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# by tagai3 | 2014-12-09 22:22 | クライミング | Comments(0)

いつもと同じ

11月20日(木) 曇のち雨
いつもどおり7:00に家を出て、いつもと変わらぬ格好で通勤ラッシュの地下鉄に乗り込む。いつもの降車駅を過ぎ、中野から中央線へ。都心から離れるにつれ車内は徐々に空いて行くが、青梅線だけは例外だった。いかにもな感じの老人達で車内は結構混雑している。丁度その日は60代後半の老婆の再婚相手連続不審死事件が報じられた日で、あらぬ空想が頭をよぎる。老後の娯楽について他人がとやかくいう筋合いはないのだが、妙に派手な服装とはしゃいだ様子がどことなく不自然で見るに堪えない。耳にヘッドフォンを深く挿し込み、目をつぶってしばしの時間をやり過ごす。9:47御岳駅着。乗客数で予想は付いたが、平日の御岳は休日と変わらぬ賑いだった。マットを担いだ若者の姿も散見される。服を着替え、「私の家」に向かう。有給消化のため、急に思い立って41歳の誕生日に休みを取ることにした。やることもないので御岳に登りにきたのだが、一体、自分は何年こんなことを続けているのだろう。そういえば、満41は数え42でいわゆる「本厄」だ。道理で体のあちこちに不調が出てきている訳だ。そんなことを思いながら河原への道を降りていった。
この日はこの秋一番の冷え込み。ホールドが指の皮に刺さるので、少ない回数で登ってしまわなければならない。スタートが欠け、当初の課題が消滅したということなので、長らく触らずにいたのだが、今の状態でも十分に楽しそうなのでやってみることにした。実際、変化のあるムーヴは非常に面白かった。
1回目は寒さで指の感覚を失い、スラブの途中で落ちた。一眼レフのカメラを手に周囲をうろつく爺さん達に怒りの感情を覚えたのは八つ当たりというものだろう。そこでまず、スラブだけをやってみる。手順が固まれば特に問題になる個所はない。徐々に指も暖まってきた。心を落ち着け、周囲に人がいないことを確認した後で取付くと、この時の試みで登ることができた。少しあっけなさを感じた所為もあり、持参の小型三脚を使って自分の動画を撮ってみることにする。別に動画サイトに投稿するつもりはないが、動作の確認はどんなスポーツにおいても有意義な筈だ。
実際にやってみるとこれがなかなか大変で、カメラの設定に手間取ったり、なんでもないところで落ちたりして、結局、撮れた映像はバタバタと苦しそうな姿を映したものとなってしまった。おまけに指に穴をあけてしまう。11:00過ぎに撤収。駅で時刻表を確認した後、再び河原に戻って弁当を食べ、11:55の列車で御岳を離れた。
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# by tagai3 | 2014-11-22 16:38 | クライミング | Comments(0)

名前を出すこと

深川スポーツセンターにまたしても「私たちが設定しました。」の看板。
そこにはプロクライマーと称する人たちの顔写真と名前が掲げられており、名前ぐらいは私でも知っていた。
名前を公表している意図は、おそらく仕事の責任は全て自分たちが負いますということだと思うのだが、あんな中途半端な仕事をして、プロとして恥ずかしくないのだろうか?
パッと思いつく理由は次のとおり。
1.単なる手抜き
2.端から利用者を馬鹿にしている
3.派遣団体(とがくれん)からの指示(低レベルの利用者向けにしろ云々)
4.本当に能力がない
いずれにしても、子供だましの粗悪品を販売して平然としていられる感性を持っていることに間違いはない。その中のひとりは10年位前のロクスノで『プロは喰わねど高楊枝』などともっともらしいことを語っていたが、喰うに困って志を捨てたということなのだろうか。
利用者はもっと怒るべきなのだが、どういう訳か羊のように大人しい人ばかり。完全に都岳連に舐められている。有名人の名前を出しておきさえすれば、文句は出るまいと本気で思っている奴らの思う壺にはまっている。問題はむしろこの辺にあるのかもしれない。
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# by tagai3 | 2014-11-12 22:30 | クライミング | Comments(0)

10月後半

10/19(日)
柴崎ロック。J氏講習会に遭遇。元々は彼らの岩場なので文句は言えないが、この日に来た不運を嘆く。また、秘かに尊敬していた往年の発明クライマーのなれの果てを目の当たりにして酷く幻滅した。若者の興味が歴史に向かないのもむべなるかな。ボブ・カンプスのように文字通り生涯現役を貫くか、原節子のような身の処し方のどちらかだと思った。

10/26(日)
「In Tokyo!」を触りに行く。残り2手を残して敗退。

11/3(月) 天長節・明治節・文化の日 曇り
「In Tokyo!」は登れたが、体中擦り傷だらけになった。
前々日の雨で岩はかなり湿っているが、この日を逃せばしばらく来られなくなりそうなので無理に触る。余分な力が入るためか、デッドポイントの動作に入るまでに1時間近くを費やしてしまった。個別のムーヴは既に結構前から出来ているのに、もうかなり長い期間つなげることができずにいた。そうこうするうちにボルダリングそのものからも足が遠退き、昨年の肺の病気もあって、先月の秋分の日(秋季皇霊祭)に触ったのは随分久し振りのことだった。その時の印象ではそう悪くもないように感じたので、身体の回復を量る目安として通ってみることにした。
前回は核心のデッドポイントの次のムーヴで落ちた。この日も最後のリップをつかみ損ねて落ち、いずれも「エゴイスト」に通って来ていた同じ兄ちゃんのスポットに助けられた。内膝と掌のかすり傷だけで済んだのは幸運だったろう。彼がいなければ、足を岩の隙間に挟んで骨折していても不思議はなかった。川面に浮かぶ嘴先の黄色いカルガモを眺めながら小休止した後、ようやくつなげることができた。達成感よりも安堵感が勝ってしまうのは、グレードに拘り過ぎたためだろうか。
わずか3mにも満たない小石の8手足らずの課題を登るために、往復3時間半をかけて2週も続けて早朝に通うなど、全く粋狂で偏執的な行為にも思える。やっていることと言えば、体中チョークまみれになりながら、必死に岩の突起にしがみつくことだけだ。評価の尺度や価値の基準はグレードや課題名で表現されるのかもしれないが、それもごく小さなサブカルチャーの中の、更に小さい共同体の中でのみ通用するものに過ぎない。誰に成果を誇示するでもなく、誰の評価を得られなくとも、続けられれば本物だというが、その境地は遙か彼方にありそうだ。やったことのないフィストバンプ(Fist Bump 拳を突き合わせること。)で迎えてくれた件の兄ちゃんの祝福にぎこちなく応えながら、ジョン・ギルの孤独を思った。岩を掃除して撤収。件の兄ちゃんは、持参の柄付きブラシで高いところのチョークを掃うのまで手伝ってくれた。篤くお礼を言ってその場を後にする。寒山寺の鐘つき堂のところまできたとき、名前くらい聞いておけばよかったと少し後悔した。
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# by tagai3 | 2014-11-05 22:26 | クライミング | Comments(0)

砂時計

10月11日(土)晴れ
カノトのボルダーに行く。6:00発8:00着。3連休初日とあってやや渋滞していた。駐車料金を支払いに行くと、カノト園のご家族は朝食のテーブルを囲んでいて、私にもコーヒーを勧めてくれた。春先に来たときは沁み出しのために登れなかったが、この日は全体にしっとりしているものの、場所を選べば登れそうに見えた。奥の方の「デルタ」という石の左端にある「ディエス」という課題を触ってみることにする。トポには左端のガバからSDスタートし、マントルを返すとある。8:30登攀開始。
ホールドを探しながら動作を考える。スタートホールドのすぐ上のアンダークリングに右手を差し入れ、左足を上げてからリップやや上のスローパー奥の割れ目を左手で押さえる。次に右足に踏み替え、右上のガチャガチャしたところにあるフレーク状のサイドプルをピンチ気味につまむ。続いて左足をスタートホールド左側のポケットに乗せ替えた後、右肘90°のロックオフから左手で5センチ大の横向き砂時計状フレークを取る。これで体を安定させた後、右足をリップに上げて右手で引き付けながら左手を返せば、石の上に立ち上がることができる。岩を見て、動作を考え、それらを試す一連の作業がたまらなく楽しいと感じる。ロックオフから砂時計を取る動作に少々手間取ったため、登れたのは10:00少し前だった。ようやく初段がのぼれるようになってきた。
そのまま帰ればよかったのだが、貧乏根性で別の課題を触ろうとしたところ、6、7人前後の集団がどやどやとやってきた。ひとり静寂を楽しんでいた身としては愉快であろう筈はなく、すぐに帰らなかったことを少し後悔した。早々に切り上げて撤収することにする。カノト園にご挨拶に行くと駐車時間の短さに驚かれたご主人がしきりと申し訳ないとおっしゃる。だが、こんな快適な環境をたった500円で貸してくれるのだから、お金を払わなければバチがあたるというものだ。この日も十分に楽しかったので、逆に恐縮してしまう。篤くお礼を言ってその場を離れた。帰路、灯明の湯の岩場を見に行くが、増水で大ハング下まで水が来ていた。
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# by tagai3 | 2014-10-12 11:32 | クライミング | Comments(0)

熊毛層

2014年10月4日~9日の日程で屋久島に行った。台風18号の影響で奥岳へ入る道路が閉鎖されたため、予定していた太忠岳や高盤岳には登れず、深いガスで眺望皆無の愛子岳に登ったり、雨の中をヤクスギランドから小杉谷集落跡まで歩いたりしただけで終わった。台風19号から流れ込む湿った風の影響で滞在中の天気は優れず、欠航が懸念されたため、予定を2日早めて島を離れた。
小杉谷集落下の河原には無数のボルダーがあり、大きさ、形状、下地、苔の状態、数ともに申し分ないが、そぼ降る霧雨の中、触ることもできずに切歯扼腕の気持ちでその場を離れざるを得なかった。地元のジムの方にコピーを頂き海岸のボルダーを幾つか訪ねたが、屋久島の海岸部は西部林道周辺を除き、概ね熊毛層群に分類されている堆積層が中心で、露出している岩は砂岩や粘板岩が大半を占めている。波に浸食された形状は城ヶ崎の岩質に近い印象を与えるが、節理は細かくても単調なものが多くなる部分は否めない。せっかく屋久島に来たからには正長石の結晶の目立つ花崗岩を登りたかったが、山に入れない以上、その希望も叶う筈はなかった。
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# by tagai3 | 2014-10-12 10:43 | 徒然 | Comments(0)

親孝行

自分の写真が載った雑誌を両親のところに持って行ったら、思いのほか喜んでくれたのには驚いた。老眼で虫眼鏡がなければ文字も読めないのに、ずっと熱心に記事を見ていた。これまでは心配を掛けるのが嫌で、山の話もほとんどしたことはなかったのだが。
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# by tagai3 | 2014-09-29 22:30 | 徒然 | Comments(0)

くもの巣

9月23日(火) 秋分の日 晴れ
御岳から白妙橋を巡る。4:15起床。4:50出発。5:29首都高上で日の出を迎える。ひとりで御岳に行くのは昨年5月以来だ。6:30寒山寺着。前夜青梅市周辺にまとまった量の降水があったようだが、御岳より西側の岩は乾いていた。朝の気温は14~17℃、この日の東京の最低湿度は39%、岩の状態はこの上もない。ロッキーボルダーには既に先客が居り、ひとり黙々と「エゴイスト」を触っていた。私は「In Tokyo!」の上部だけを触った。5回目位で登れたが、やはり指皮は削れた。以前は下部を得意としていたが、今ではとても続けられる自信がない。山口にいるというNaoさんのことを思い出した。
7:30頃白妙橋に移動。ほんの2、3時間の駐車でマスつり場に1,000円も支払うのはどうも釈然としないが、仕方がない。金を払ってから「ニラ」の岩に向かう。藪がひどく顔中クモの巣まみれ、露でズボンをびしょびしょにしながら河原に降りる。「レバ」を触る。この日3回目で登れた。今の自分には過分の成果だろう。そのあと少しだけ「ニラ」を試みるが歯が立たない。当面の課題は最大筋力に近いところで出せる手数を如何に増やすか、という点に尽きる。現状では2、3手が限度だが、そのためのトレーニングは肺に負担をかけそうなので怖くてできない。再び三段を登れる日は来るのだろうか。
帰路、不図思い立って白妙橋の岩場を見に行く。しみ出しの所為か誰もいなかった。「お豆さん」を登って帰る。時間はまだ9:30である。このまま帰っては1,000円が惜しい。折角なので「Bクラブ」を見に行く。バス停を過ぎ、畑の間の細道から河原へ。草の茂り具合から察するに、往来はほとんどないようだ。泉岩を過ぎた辺りから見渡してもそれらしい石が見つからない。辿り着けるか不安になった頃、遠い記憶の片隅に残っていた石の姿が目に止まる。「Bクラブ」の石は結構遠くにあり、割と大きくて立派だった。
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見るだけのつもりが、結局触ってしまう。この日4回目で登れた。登れて初めて理解できることは多いものだが、実に面白い課題だった。三次元的に力の向きを微調整しながら、細かいスタンスを拾って足を上げて行く。リップを叩いてからのマントルはそれほど悪くはないが、この一連の動作の面白さをなんと形容すればいいのだろう。自分のイメージの中にあるボルダーらしいボルダー課題とは、まさにこれだと思った。課題が登れてこれほど嬉しかったのも久し振りで、ボルダリングの楽しさを再認識できたといったら言い過ぎだろうか。10:30撤収。少々渋滞があり、帰宅は13:00になった。
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# by tagai3 | 2014-09-26 22:23 | Comments(0)

薬研滝の缶ビール

9月14日(日)曇
笛吹川東沢釜沢から甲武信岳に登る。前日のうちに西沢渓谷まで入り駐車場で車中泊したが、この日はものすごい渋滞で東名、圏央道、道志村、大月経由で5時間超かかった。
朝4:50に出発。山の神6:40、釜沢出合8:30、甲武信小屋水場13:15、甲武信岳14:10。
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朝方、鶏冠尾根上空に遭難救助のヘリを見る。釜沢は美しい沢だったが過剰な赤テープと指導標でルートファインディングの楽しみがほぼ完全に奪われていることに憤りを覚えた。これでは田部重治の感動を追体験することなど到底できない。
戸渡尾根経由駐車場下山19:00。行動時間14時間超はさすがに応えた。精一杯歩いて昭文社のエリアマップのコースタイムどおりにしか歩けなかったことになる。同図の説明には40~50歳の2~5人パーティが基準とあり、少し前まではかなり遅い部類として、端から馬鹿にしていたのだが、今や自分もその年代となり、図らずも加齢による衰えを突きつけられる形となった。クライミングをしていても、もう以前のようには体が動かない。悲しいことだが、受け容れなければいけない現実なのだろう。
途中、「ヤゲンの滝」の下の釜で缶ビールが浮かんでいるのを発見する。ところどころ塗装のはげたエビスビールの缶はボコボコに窪んでいたが、驚くべきことに栓は開いておらず中身も詰まっていた。製造年月2014年7月、賞味期限2015年とあったので、少し迷ったが持って帰ってきた。果たして飲めるだろうか。
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(後記:9月23日試飲。特に問題もなく、美味しくいただきました。)
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# by tagai3 | 2014-09-20 11:54 | 徒然 | Comments(0)

岩登りについての所感