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漂石彷徨



安房トンネル

 はじめて錫杖岳の岩場に行った。飛騨の山は学生時代の冬以来なので、実に17年振りだった。安房トンネルの便利さに驚いたが、渋滞込みで片道7時間強の道程はかなり辛かった。

7月28日(土) 北沢フェイス右ジェードルルート~錫思杖戯
 「はじめてなら、どこでも行きたいルートに行きましょう。」というMさんのお言葉に甘え、Mさんが拓いたルートに同行してもらう。
 午前6:00に車を揺すられて目を覚ました。3時間余りの睡眠では体が辛い。9:00駐車場出発。10:30取り付き。11:00登攀開始。この手のクライミングは久し振りなので、2人とも結構緊張していた。ジャンケンでオーダーを決め私から登り始める。濡れた草付を避けながらのⅣ+が悪い。ひとつひとつの動作を確実に行うことを心掛けた。残置ハーケンでビレーする。Mさんのリードした2ピッチ目には4m程のOWが出てきて結構悪かった。
 3ピッチ目は正面のフェイスを20m程直上した後、凹角の入口を目指して左にトラヴァースする。残置は無数にあるがプロテクションはカムでも取れる。テラス直下の草付が最も悪く感じた。ここでMさんに「錫思杖戯」のオリジナルラインについて尋ねると、カンテを登った記憶はあるものの、よく覚えていないという。14年も前では無理もない。続く4ピッチ目は凹角の中間部が核心のようだ。ストレニュアスでホールドも見つけにくい。濡れていたのでリードは大変だっただろう。やがて凹角は広がり、扇岩テラス右端にでる。
 次の5ピッチ目を下から見上げると、かなり悪そうに見えた。コーナーの奥のリスは閉じていて、指が入る広さがあるようには見えなかった。黒々とした苔の隙間からは所々で水が滴っている。A0しても抜けられないのではという不安もよぎるが、とりあえずは行くしかない。ザックを置いていけというMさんの申し出を受け、空身で登り始めた。最初の問題はテラス下の立木から続く右側のクラックにどうやって入り込むかだ。ピナクルにスリングを掛けカンテ状を右側に回り込む。細いフレークに青のエイリアンをねじ込んでから慎重に足を運んで右側のクラックに移った。最初に出て来る被ったダブルクラックを両手で抱え込むようにして越えると、上部に手頃なサイズのクラックが続いているのが目に入る。どうやらなんとかなりそうだ。一呼吸置いてからそのまま登り続ける。適度にレストポイントがあり、行き詰まりそうになるとちょうどいい具合にホールドやスタンスが見つかった。手持ちのギアの配分を考えて少しランアウトしたところもあったが、不安は感じなかった。大ハングを越えると、5m程の小ハングが現れる。先ず直上を試みるが、登られた形跡は乏しい。右側は容易に巻けそうだが、手がかりとなるバンドには浮いたブロックが乗っている。ロープが絡んで落ちることを避けるため、ハング下のスラブを左にトラヴァースし左上するハンドクラックを辿ることにした。左側のリッジに出たところでピッチを切る。素晴らしいピッチだった。上がって来たMさんはしきりに私を誉めてくれたが、重荷を背負ってのフォローの方が難しいことも多い。Mさんも一切テンションを掛けていない。
 続く6ピッチ目の準備をしながら、Mさんは5ピッチ目を拓いた14年前の思い出を語ってくれた。クラックに詰まった泥をかき出しながらここまでたどり着いた時、周囲は既に闇に包まれていた。下降を思案していると、MさんのパートナーのK氏が申し出て、平然と残りのピッチをリードしていったそうだ。6ピッチ目はⅣ級程の岩場を直上した後、ブッシュに入る。声が届かないためロープが一杯まで伸びきった頃合いを見計らって少しずつ後続した。更に20m程藪を漕ぐと前衛峰の頭にでる。岩壁の下から上まで、ビレー点以外の残置には一切触れず、2人とも全ピッチをフリーで登ることができた。堅い岩の非常に美しいラインを良いスタイルで登れたことにとても満足した。
 西穂高から槍までの稜線を眺めながら満足感に浸っていると、下から物音が聞こえる。声の主は「注文の多い料理店」を登ってきたHさんとCさんだった。4人で奇遇を喜び合いながら記念写真等を撮る。まるで学生時代の合宿のようだ。小休止の後、50m×3回の懸垂で下降。最後のピッチでは「しあわせ未満」にトライするOとSの姿が見えた。疲労による帰路の運転が心配だったため、そのまま帰ろうかとも考えたが、折角の機会なので翌日に備えて基部に荷物を残置する。だが、錫杖沢出会いを過ぎた辺りで雷雨となった。後悔してももう遅い。下山後、栃尾温泉に浸かり、神岡の居酒屋で夕食。就寝は1時過ぎになった。これでは疲労回復は期待できない。どうせ明日は登れないさと思いながら瞼を閉じた。

7月29日(日) 黄道光(扇岩テラスまで)
 午前5時前に隣の車の物音で目を覚ます。寝不足だがそれ以上眠れなくなってしまった。6時にMさんを起こし、7時に登山道を登り始める。荷物回収のみが目的だったが、路傍の石は乾きつつあり、途中から見上げた岩壁上には取り付いているパーティも確認できた。取り付きには2人の若者がおり、左方カンテからつい先程下りてきたところだった。天気は崩れつつあるという。
 蓄積した疲労と睡眠不足に加えて微妙に便意まであり、調子は最悪だったが、12時を下降開始の目安として「黄道光」を行けるところまで行こうというMさんの提案に従い、9時頃に登り始めた。私が左方カンテの1ピッチ目をリードし、続く5.11aのピッチはMさんがリードした。荷が重いせいか、フォローでも厳しく感じた。前傾壁での練習不足を痛感する。
 10m程草付をトラヴァースし、ピナクルにスリングを掛けてビレー点とする。ここからいよいよ「サンシャインクラック」が始まるのだ。傾斜はさほどでもないが、自信も湧いてこない。けれども、ここを越えなければ下降は一層面倒になるだろう。躊躇していてもしかたないので、意を決して登り始める。昨日の夕立でクラックの中は湿っていた。見た目よりジャムがきめづらく、それとは逆に効き過ぎて痛いところも多かった。息を切らしながら、レストポイントの間を這い擦って行く感じになってしまった。上るにつれてレストの時間が長くなっていく。登攀2日目で岩の形状やフリクションの感覚に慣れてきたため落ちることはなかったが、体は非常に重かった。どんなに深く呼吸をしても十分な量の酸素を取り込めていないことが分かる。酸欠の鯉になったような気分だ。クラックが終わり、フェイスに移る頃には意識も朦朧としはじめ、自分がやったムーヴさえよく覚えていない。50mロープのため途中の小レッジでピッチを切る。
 残りの15mはMさんがリードした。扇岩テラスに着いたところで12時のチャイムが聞こえてきた。我々よりだいぶ先に先行していたパーティも丁度下降を開始するところだった。天候も優れないため予定どおり左方カンテ側への下降に入る。3回の懸垂で取り付きへ。50mロープでは1回目がギリギリで2回目も10m程度不足することになった。
 荷物を片付け、錫杖沢出合から槍見温泉への道を下る。疲労から足の踏ん張りが利かず、何度か転倒した。日陰でも暑く汗が止めどなく流れた。槍見温泉に着いたのが15時半頃。栃尾温泉で汗を流した後、Mさんと別れ帰途の長いドライブに入った。
by tagai3 | 2012-08-01 22:41 | クライミング | Comments(0)
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岩登りについての所感

by tagai3