漂石彷徨



笠間の思い出

4月2日(土)曇り
マナヴさんに誘われて5年ぶりに笠間に行く。当初は城ケ崎に行く予定であったが、伊豆から関東南岸降雨の予報で行先を変更した。古くからの友人と昔なじみの岩場に行くのは実にいいものである。近況や共通の知人のことについて語り合った。震災で大きく様変わりしたと聞いていたが、それ程でもないようだ。二十年近く前に初めて訪れた頃から、今も変わらずに同じ課題を楽しめるというのは、何とありがたいことだろう。岩雪105号によると大黒石にある「パラダイスゲート」の名前の由来は筑波山を追われた初期開拓者たちがここに最後の楽園を見出し、その入口に位置する課題を門になぞらえたことによるのだそうな。言い得て妙かもしれない。
色んな人とここに来て、色んな人と出会った。千葉の怪人シマダさんがここで小用を足していたから「ワシントン倶楽部」なのだと聞いて驚いたときも、確かマナヴさんと一緒だった。始めて「ターゲット」を登れたときはヒーハ君が見守っていてくれた。そんなことを語り合いながら、比較的新しい(?)珊瑚岩からヒップ岩、「ワシントン倶楽部」、「ラブタッチ」、「ウェイ・オブ・ザ・ギル」などを順に触っていった。
マナヴさんが「ターゲット」を登ったのに触発されて自分もやってみる。落ちる気はしないが、やはり楽しい。荷物のところに戻ると写真を取り損ねたマナヴさんががっかりしていた。
「ところで、さっきの会話聞きました?」と聞かれて、最初は何のことかさっぱり分からなかった。聞けば若者数名を連れたガイド風の男にトップロープを使わずに登ったことを非難され、挙句の果てはマットが薄いだの、それを座布団にしていたことについて、全然違う、分かってない、などと言われたのだそうな。
「ええっ?!!!」これには心底驚いた。「ターゲット」はボルダーとして登ってこそ真の楽しさを味わえる課題だとずっと思ってきた。また、マナヴさんのマットは「プッシャー」という米国のメーカーが作っていた「スポット」という製品で、その当時は「薄さ」が大胆さの象徴として、使う人は尊敬の目で見られたものだったが...。
「時代は変わったんですね。でも、決して厭な気はしないんです。お前ら、分かってないなぁってな感じで...。むしろとても貴重な経験をしたというか...。」そういってマナヴさんは笑った。彼は本当に心が広い。自分だったらきっとを喧嘩していただろう。
午後1時過ぎに小雨がパラツキ出したので「エ・モーション」を登って終了。千人溜りの駐車場で日動美術館に寄っていくというマナヴさんと別れて帰途に就く。何はともあれいい一日だったことは間違いない。
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by tagai3 | 2016-05-22 16:00 | クライミング | Comments(0)
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岩登りについての所感